生きている場所と、麺をめぐる関係の変化について

 長いことこのブログをお休みにしていた。

 その間、麺と縁のない暮らしをしていたかというと全くそういうことはなく。
 むしろ長崎から熊本に単身赴任先が変わり、長崎のとき以上に熊本の麺と福岡の麺と各地の麺と出会い、もの思うことが多くなった。

 一昨年、熊本にいた夜。
 突如これまで一度も体験したことがないひどい地震に遭遇した。
 立っていられないし、部屋の中のどこにいると安全なのか瞬間的に全く考えることすらできない、しかも目の前30センチのところに明かりとりの窓が天井から落下してくる。
 2度にわたる大地震では、確かに死を意識した。
 幸いなことに僕がいるその周囲では住宅の倒壊はなく、せいぜい半壊止まり。
 真夜中に熊本大学の体育館に避難し、2日間生まれて初めての避難所暮らしを経験した。その後家に帰って掃除などをしてなんとか普段の暮らしを暮らしを取り戻した。たしかに表面上はそのようなことなんだけれども、実は僕が寝泊まりしている実家の本格的な片付けに入ったのは一昨日。とりあえず飛散したものや壊れたものの片付けは地震後1ヶ月以内に行い生存空間を復旧したが、暮らしの復興というレベルに足を踏み入れたのは地震発生から2年も経った一昨日であった。

 さて、このような強烈な経験をすると、いまここで生きている意味を考えざるをえない。

 麺を食べても「おいしかった」「まずかった」で良いのだろうか。

 折しも僕が一年間の大半を過ごしている熊本では、麺の本が地元出版社から発売されたりしている。
 前にも書いたけれども、名著「熊本の人気ラーメン88」(1993年・熊日情報文化センター制作/熊本日日新聞社発行)からだいぶ後退した取材文ばかりである。それが地震後まともな方向に行くかと思いきや、輪をかけて内容が薄いものになってしまった。
 まことに残念なことであるが、情報に新鮮味がないということはお金を出してまで買おうという気を起こさせないということである。
 編集費・取材費が低額化しているのかもしれない。だがここはプロのライターと編集者と発行人の矜持を取り戻していただきたいと思う。他ならない熊本なんだから。

 そんなことを考えていたら、ふとほったらかしにしていたこのブログを思い出した。

 ということで、ここで麺にまつわる人の想いなどに焦点を合わせ直して復活してみることにした。


 写真は福岡市西区姪浜の「てっちゃんラーメン」のラーメン。
 実にうまい。
 ご亭主はフランス料理の人であったという。
 その経験なのか、矜持なのか、このラーメンのスープを啜った瞬間は、よくある博多ラーメンのような直接的なうまさの直撃がなく???という感じ。だが二口目をすすると、ふわりとした口福感が口蓋を満たす。
 脳が認識するのは甘い・辛い・豚骨味とかいう情報の符合ではない。
 「いつまでもこのスープを口に含み、麺を啜っていたい」
 そういう思いがむくむくと湧いてくる。

 こんな麺に出会ったことがなかった。

 さらに言えばご亭主のお客さんへの向き合い方が素晴らしい。
 店を出るときにはお腹ばかりではなく心まで幸せになっている。
 僕がお勘定を済ませたとき「自転車ですね。お気をつけて」と、見送りの言葉をかけられた。
 別に自転車で来ていると言ったわけではない。前に来たときにサイクルウェアだったことと、その時と同じところに自転車を置いたので思い出されたのであろう。

 麺は麺にして、ラーメン屋さんに行って僕らが得たいのは麺だけではあらず。
 お店に行ったら一つでも幸せになって店を出る。
 そういうことができるお店が街に増えたら、その街はとてもいい街になっていくね。

 このお店ではそういうことを考えさせられる。
 僕にとって新たな麺のメートル原器の発見であった。