熊本市城東町:桃花源 世代を超えて愉しまれる味。
年に二度の外食の家族団らん。
そのうちの一回はお正月を迎えるためにに熊本へ家族で帰省する日。
昨年は熊本の下通にある馳走鮨松元へ鮨を食べに、一昨年は同じく下通のケルンよしもとへフランス料理を食べに行った。
さて今年はどうしようか。
そう家族に車中で相談すると、妻と娘は「ホテルキャッスルがいい」と主張。息子は何かむにゃむにゃ言っていたが、中2の男子はハキハキなんてしないもんだ。
熊本ではその日、有数のツイッター参加者が「よかろうもん」という居酒屋で集会を催していた。その店もいいなと思い、家族に諮ったところ、「なんで博多から3時間半もかかって(雪と渋滞で通常2時間のところ、そんなにかかってしまった)熊本まで来て『博多鉄板焼き』の店に行かなならんの」という至極もっともな妻の言葉でその案は消えた。
熊本ホテルキャッスルの地下にある四川料理「桃花源」は、ビーフンで有名な四川料理の巨頭である陳健民氏の一番弟子で、四川飯店の陳健一さんの兄弟子にあたる斉藤隆士さんで有名なお店だ。銀座8丁目のコムズホテルに熊本のホテルの中華料理屋さんの支店があるということを考えても、その凄さがご理解いただけるだろう。桃花源を一流の中華料理店として成功させた斉藤さんは、今や熊本ホテルキャッスルの代表取締役社長である。
12月30日の19時。
予約を入れてなかったので、お店を覗き込み、「4人、空いてます?」と少々弱気に尋ねてみた。すると、4人席が丁度空いていると。ラッキーだ。
その席からは殆どの席を眺め見ることができた。
壁際の6人席が4つ、反対側には5人席が6つかな。いずれも足腰が弱ったほどのおじいさんおばあさんと、息子夫婦とその子供たちという構成で埋まっている。
そういえば僕らもそうだった。
父が入院したのは5年ほど前だが、それ以前は週末に福岡から熊本に帰るたびに、熊本に住む両親と僕ら家族でその6人席に食べに来ていた。毎月来ていた。
父が入院してから、母を連れて何回か来た。
母はいつも五目焼きそばの固麺を食べた。意外と量が多いのだが、それでも平らげていた。
母が認知症になって施設にお世話になるようになって、桃花源に寄るというパターンが無くなった。両親健在のとき桃花源に来るのは必ず僕らが福岡に帰る日だった。両親としてはたまに帰ってくる僕らに何か報いたいという気持ちで、桃花源のおいしい料理を僕らと一緒に愉しんでいたのだと思う。
僕が城東町の幼稚園に通っていたころ、ウチは相当貧しかったが、それでも何かの折にホテルキャッスルのラウンジでアイスクリームを食べていた記憶がある。うちにとって、ホテルキャッスルというのはそういう「何かいいときに行くところ」「必ず美味しいところ」である。
桃花源の中に10組ほどもいた三世代グループ。きっと5、6年前の僕らのウチと同じ状況なのだ。親も子供も孫も、それぞれに思いがあって、それぞれに美味しく桃花源の四川料理を楽しんでいる。限られた時間をきちんと過ごすために。
僕は妻と娘がここに行きたいと言ったことに少なからず感謝した。そして二人が、認知症の母が好んだ五目焼きそばの固麺を頼んだときも。
固麺は、太めの麺を自家製で揚げたもの。
上にかかっているのは野菜と肉の餡なのだけれど、長崎の皿うどん(固麺)と根っこは同じだろうが味も見栄えも大きく違う。餡に入っているのは白菜、茸、青梗菜、タケノコ、豚肉、それにレバー。それらのそれぞれの素材の味が、ひと噛みごとに異なったハーモニーとなって口の中に攻め込んでくる。餡の味付けは長崎の甘辛と違い、素直な白湯スープに醤油の香りを足したもののように思う。ごま油の微かな香りと、生姜のぴりりも少しだけ、それが実に効いている。
麺は太めだが、長崎でよくある油がちの揚げ麺ではない。さくっと軽く揚がっている。その軽めの麺が、餡を吸いながらも太さ故に歯ごたえを失わない。そういう麺と餡と具材を一度に口に入れる幸せ。
思えば母はそのようなハーモニーを愛したのだ。
今日はもう遅い。明日の大晦日、施設へ母に会いに行こう。そして元旦も。