東彼杵郡波佐見町:有田屋 時は止まった感あるが、味はリアル。
波佐見という町がある。
波佐見は「はさみ」と読む。
焼き物で有名な有田から低い峠を南側に越えた山間の町だ。山間といいながら、標高はすでに低い。ちなみにここから東の方に峠を越えれば温泉で有名な嬉野に届き、南西の方に川に沿って降りて行けば大村湾に出くわす。
町は焼き物で成り立っている。
その生産の形態はマニュファクチャーに近い。町ぐるみで分業体制をとっているのがこの町の焼き物の特色だ。
だからこの町の焼き物は大量生産の工業製品ではなく、あるいは高級な作家の窯ということでもない(大雑把な説明であり、個々の事例ではこの説明から外れる場合もある)。
日常使いの器ながら大量生産品ではなく、創り手の気持ちと技がこもっている器というとご理解いただけるだろうか。
この町の焼き物で最も有名なのは無印良品の白磁皿である。つまり、ここの器はそんな感じということだ。
波佐見の器は江戸時代に、江戸で大ブームとなった。
それまでは手工業による器しかなかったろうし、品質もばらけていたのではないか。そこにこのマニュファクチャーである。それまでと比べると画期的な均質化した製品、使い勝手の良さ、当然発色などもよかったろう。そうしてこの町は焼き物の町として発達して来た。
この町が時代から取り残され始めたのは戦後の大量生産、大量消費が当たり前の時代になってから。
そこで町の時は止まってしまったかのようだ。
だが時は止まっても、人々の年齢は否応無しに上がって行く、そして人生を卒業して行く人々もいる。この町はだんだん寂れて来て、嘗て大勢の子供たちの声が満ちていた木造の小学校も廃校となった。
そんな波佐見の一画にこの有田屋がある。
表通りに面しているともいないとも言えない、妙な具合の店構え。
営業しているかどうかも分からないくらい控えめな「営業中」表示。
しかし何よりもこのしもた屋風の建物はどうだ。
その日、天気は雨だった。
引き戸を開けてまず聞いたのは「いま、やってます?」という問いかけ。そうすると三和土の奥の方からおばちゃんが「いいですよー」と返事をくれた。
テーブル席に座って皿うどんお願いする。
目の前の窓枠は木。サッシじゃない。この建物、三和土の様子や構造からいって100年以上経ってるんじゃないだろうか。
5分ほど待つと、皿うどんが出て来た。
具材はいたってシンプル。多めのスープにとろみをつけた餡がここの味わいか。この店のチャンポンは長崎っぽい甘さが面白かったが、この皿うどんはそのような甘さは控えめだ。シンプルな塩味。それにスープ由来の旨さ。
なお、ゆず胡椒味は特に頼まないと、その味付けではないものが出てくるようだ。
しんと静まり返った有田屋の中。
まるで時が止まったかのようだ。そういえば近くには立派な木造の元小学校がある。今は観光的に利用されているようだが、それくらいしか観光的に目玉がないというのも、この静かな雰囲気を守っている理由かも知れない。
ずるずると皿うどんを食べる。
モヤシやキクラゲや香ばしい豚肉や麺や…口の中はリアルに旨味が広がり、食べているという実感がある。
語弊があるいい方かも知れないが、静まり返った、時に取り残されたかのようなこの町この店だからこそ、際立つ旨さがあった。
この体験は、お勧めです。