熊本県熊本市:王ちゃん 徳王町の至宝・イニシエ系熊本ラーメン。

shin_papa402009-06-23

 ボクが小学生だったころ、熊本の町には町内ごとに1軒のラーメン屋さんがあったといっても過言ではなかった。
 多くは家族経営。
 ボクの同級生にもそうしたラーメン屋さんの息子がいて、小学生ながら土曜日の午後に店で使う紙ナプキンを店の片隅のデコラ張りのテーブルの上で折るのが家族の一員である自分の仕事だったと、そう彼から聞いたことがある。
 最近はそうしたラーメン屋がどんどんなくなってきた。
 世のビジュアル系実食ラーメン本の嚆矢となった熊本日日新聞社刊「熊本の人気ラーメン88」(1993年刊)に掲載された店でも、行ってみるといまや跡形もなくなっているということが多い。
 街角のラーメン屋が姿を消し、多く見られるようになって来たのはチェーン展開の店、メディア露出が多い広域集客型の店、それに郊外のロードサイド店だ。


 だがいくつか、昔ながらの存在感で店を街角に構えているところもある。
 この日行ったラーメン王ちゃんもそのひとつ。
 宿題店といえばそうなんだが、いつからの宿題かといわれると、ボクが中学校の頃からとでも答えるしかない。
 そういう街角に溶け込んだ、昔ながらの店なのである。


 一年半くらい前に「ボクの生活は九州三都物語」だと書いているのだが、この週末は母の顔を見に熊本へ戻った。だが今回ボクの熊本での用事はそれだけではない。月1回の定期健診(メタボやしね)、昔住んでいた家に置いてある資料を探しに行くこと、散髪、そして今回の目玉として中学校の同窓会の準備作業に加わること。
 ということで、検診のあとに同窓会準備作業会場へ向かうことにしたんだが、その道沿いにこのラーメン王ちゃんがある。周囲には熊本ラーメンとして有名店の大黒、チェーン展開の新勢力である北熊、少し足を伸ばすと麦の宿や富士ラーメンがあるという、ちょっとした新旧勢力の割拠する川中島のような地域である。とはいえ見渡せば静かな夏の住宅街の昼下がりが広がるばかりなんだが。


 店の前に自転車を止め、暖簾をくぐる。
 入りしなに店の看板をちらりと見ると、王の漢字の横に「わん」と読みが振ってある。。きっと王貞治選手が活躍したときにできたんだろうなぁ。


 店に入ると、ごく狭いカウンターだけ。それも6席しかない。これでずっと昔からつぶれずにやってきているのである。それだけで期待が高まってくる。


 熊本ラーメンの店では、まずデフォから。
 「ラーメンください」。
 カウンターの中はごま塩頭の細身のおっちゃんが一人。「はーい」という声とともに、作りに入ったようである。土曜の午後1時過ぎ。客はボクだけ。


 5分位して出てきた。
 見れば、なまめかしいほどの白さのスープ。ゆで卵がスライスされて載っている。熊本ラーメンのお約束のひとつ、揚げにんにくが散らされ、白っぽい煮豚、キクラゲ、葱。それに海苔が一枚ペラっと。この海苔が熊本ラーメンの豚骨スープの匂いにブワンと含みのあるいい香りを乗せてくる。
 こりゃたまらんなぁ。


 さっそくそのなまめかしいばかりのスープを。
 …。
 むむむっ!
 これは、すごい。
 白いから淡白な味かと思いきや、ものすごい厚みのある旨さというか。にんにくチップのせいもあるかと思うが、くどくはないがなんとも豚骨スープの旨味がギュッと押し込められたというような、そういう旨さなのである。


 驚きながら次に麺を食う。
 麺は熊本ラーメンお約束の中太麺。この店では固めとか柔らかめとか指定できるそうだが、何も言わなければフツーの固さで出てくる。
 ボクはフツーというのは店が推奨する万人向けの仕様だと考えている。最初はそれを頼んでみないと次から「固め」だとか頼めないと思うんだが店によっては初見の客にも麺の固さの指定を執拗に聞いてくるから不思議だ。ありゃなんなのだろう…はさておき。
果たしてこの店のフツーはまさしく熊本ラーメン標準とボクが思うほどの歯ごたえであった。よしよし。


 麺をずるずる啜り、たまに煮豚をかじり、また麺を啜る。意外とキクラゲが多くて、麺と一緒に手繰ってしまうのだが、麺と一緒に咀嚼するそのテクスチャの違いもまた面白い。飽きない。
 葱も特筆すべきで、その硫化アリルの香りの豊かさが、食べている横からシャクシャクという歯ごたえとともに食欲をまた増進させるのである。
 海苔は薄めで食べているうちにふわふわになってくる。それを湯葉のようにさっと箸で引き上げて、麺と一緒に食べる。
 口の中に一瞬、磯の香りが広がる。


 ああ、うまいなあ。
 こりゃもっと早く来ればよかったよ。
 カウンターの中のおっちゃんはボクよりも結構高齢とお見受けした。このあといつまでこの味が熊本市徳王に残っていくだろう。ぜひ一日でも長く続いてほしいものである。


 食べ終わって、落ち着いて店の中を眺め回してみると。
 「野菜ラーメン」。
 壁に貼られたその写真が、ボクの中枢にグサッと突き刺さる。
 もやしを中心に炒められたのであろう野菜が、チョモランマ級とはいわないが金峰山級(熊本市民にしか分からん例えかも知れん)に盛り上がっているのだ。
 ああ、それも食べたい。
 だが、言下の状況として、たったいま完食したラーメンで腹一杯なのだ。あいたた、また来にゃならん店が増えた。
 楽しみでもあり、課題感にさいなまれるネタが増えたということでもあり。


 人生は煩悩の連続である。