番外編 九州麺文化を掘り起こした先駆者へのレクイエム。 

shin_papa402006-05-17

1993年、九州の熊本で画期的なラーメン紹介本が上梓された。
写真の「熊本の人気ラーメン88」である。
ボクはたまたま地元から情報を得て、八重洲ブックセンターまで買いに行った。
当時、東京で地方出版物を買おうとするとここまで行かないと買えなかったのだ。

この本の素晴らしいところ。

まず一つ目は、サイズをA4判として各店のラーメンを実物大かやや縮小で掲載したこと。真上から撮られたラーメンはスープの上の脂が輝き、焼き豚はその肌目が歯ごたえまで想像させる。麺は透き通っているか、あるいはアルデンテであろうか少し中心部分が白いところまで見える。シズル感にあふれていて「食べたいっ」という気持ちがページをめくるたびにムラムラしてくるのである。このサイズをあえて選択したところが凄い。

二つ目は、掲載したラーメンの選定にあたり、県内官公庁職員、タクシー会社職員、県内企業の営業マン、大学生など500名にアンケートを行ったこと。ラーメンマニアに対してではない。その筋のプロへでもない。普通のラーメンっ食いで、特にコストとパフォーマンスを気にする方がたを対象としたという慧眼が凄い。編集への方針と責任を感じるではないか。

三つ目は、取材陣の熱意が凄い。それは各ページの取材文に現れている。紋切り型の表現など一つも無い。それぞれのお店の歴史、こだわり、味の傾向、そして食した感想にまで筆が及ぶ。


最近、特にフリーペーパー系の食の紹介には落胆することが多い。
なぜならば取材者がその食を体験していないからだ。
聞いた話だけで文章をまとめる。店の紹介文は殆どスタイルが一緒。つまり紋切り型。
情報の量だけを追い求める。
そのような食紹介文は読むのも苦労する。どこも一緒じゃないかと思う。店の名前を隠すと、もうどこの紹介か分からない。

だから麺通団やさとなお氏の本は価値がある。
近年出版による活字文化が力を失ってきたといわれる。それはメディア環境の変化によるものではなく、活字方面に駄文が増えことが大きな要因ではないかと思う。悪貨は良貨を駆逐するのである。
このところブログが力を持ってきたとはいえ、すべてのブログがそうなのではない。文字遊びも含めて独創的であり、あるいは文体がしっかりしているものが人気を集めている。
麺通団やさとなお氏は、自分の体験から面白みやおいしさを書いているのがまる分かりである。


さてこの本はまさに店ごとに取材を行い、それぞれの店やラーメンの価値を丹念に文章に起こしている。
麺通団やさとなお氏の食体験記の、嚆矢に当たる名本である。
この本が出版されたときは全国的に驚きをもって迎えられたものだ。


この本の出版は熊本日日新聞社だが制作・編集・発売はその子会社である熊日情報文化センターであった。

熊本日日新聞は「世帯数などの減少によって」新聞の発行部数が縮小してきたとしてグループ各社のリストラをここ数年加速させてきた。
そしてついにこの本を制作した熊日情報文化センターも併合かなにかで無くすという噂を聞いた。

この本には取材者の取材に際しての明確なプロ意識と良心が詰まっている。


その素晴らしい取材陣・編集陣と、その本を企画制作発行した熊日情報文化センターへのレクイエムとして今回特にこの本を取り上げた次第。