長崎市思案橋:ラーメン駅 長崎のニューキャラつよしくんラーメン

 長崎はクジラの街だ。
 青魚も旨いが、長崎人はなにしろクジラを食べる。


 思案橋の盛り場を後背地に抱えた電車道理医沿い。少し前のことだが表通りに面して「クジララーメン」があった。
 ある休日、クジラで出汁とってクジラ肉をトッピングしたラーメンがあると聞き、そこを訪れたことがある。どんな味なのか興味津々だった。
 その店は立ち席だけ。5人も入るとぎゅうぎゅう詰めだ。そんな店を覗いてみると、店は開店状態なのに店主がいない。
「オーイと呼んだが返事がない」という峠の茶屋状態。
 その日は泣く泣く帰ったが(泣いてないけど)、それがクジララーメンのお店の見納めだった。


 先日、もう午前1時を回っていたと思うが、思案橋あたりをふらふらと歩いていたら、そのクジララーメンの場所に煌々と灯が点いている。そして「ラーメン」の文字も。これはなんじゃい?と覗いてみると壁に貼られたメニュー書きに「つよしくんラーメン」と書いてある。
 カウンターの奥には、ちょっと癖のありそうな、でも根性もありそうな細身のお兄さんが一人。もの凄く狭い店。ど深夜なせいか客は誰もいない。
 地方都市には珍しい「スタンドバー」方式のラーメン店。そして「つよしくんラーメン」だ。クジララーメンも唐突な感じだったが、「つよしくん」も実にヘンテコではないか。そういうヘンテコに出会ったら、まずは自分の身を挺して経験してみる。それが僕の身上でもある。


 チワーといいながらカウンターの左端にもたれかかり、
「つ…つよしくんラーメン、ください」。
 メニューを口にするのが少し照れくさい。でもそういう商品名なんだから仕方ない。

 そもそも長崎はチャンポンの街。具沢山でおいしい、豚骨や鶏ガラの良質スープをベースとした麺モノが充実している。ラーメンにとっては敵地、逆境での勝負どころだ。他県ではラーメンがそれそれの地域のソウルフードになっているが、ここでは一部マニアのものにとどまっているのはそういう理由からだ。こんな地域にあって、しかもこんな小さな店で、敢えてラーメンで暖簾を新たに掲げたのだ。
 果たしてどういうモノが出てくるんだろうか、どういうもので勝負しているんだろうか。小さな期待が酔ったアタマをよぎる。
 加えてこのネーミングだ。長崎人の心を捉えるべくバンを張っていたクジララーメンさえ撤退した敵地で「やあやあ我こそは…」と名前を呼ばわって旗を揚げているとはいい度胸だ。


 とか考えていると「はいラーメンです」という言葉と同時に目の前にぬっとラーメンが差し出された。
 お品書きに「豚骨醤油」とあったので濁った黄土色系のスープを想像していたのだが、目の前のスープは白っぽく透明感さえある。
 真ん中にはきれいで大きめのチャーシューが一枚、その上に流行の魚粉がちょこんと乗っている。チャーシューの背景にはきれいに盛られた白髪ネギ。そして九州豚骨ラーメンお約束の青ネギ。大きくてしっかりした海苔がバサッと刺さっている。
 なかなかの美麺だ。


「魚粉は途中から溶かして食べてください。味が変化しますんで」
 店主がカウンターの中から声をかけてくれた。
 途中から味が変わる?面白いじゃないの。


 それではと、まずはレンゲでスープを。
 啜ってみると、モワリとした旨味が口の中に広がる。博多ラーメン系統の「スープだと思うが、獣臭がない。柔らかい滋味を感じるスープ。
 それに合わせられるのは意外と太めの麺。平麺なのが独特だ。「フツーの麺の固さで」とお願いした麺の歯ごたえはもっちり。スープに合わせて麺を頬張ると、博多ラーメンとは違う口中の充足感がある。もぐもぐが楽しい。
 チャーシューも肉の旨味を感じる素直なもの。
 ある意味、豚骨ラーメンの王道かも知れん。

 食べ進む途中で魚粉を溶いてみた。
 するとモワリなスープが、俄然和風の旨さに変わる。白ネギのシャキリ感と微かな刺激が良く合う。
 これは意外な展開。ラーメン不毛の地とまでいわれた長崎のどまんなか、夜中の思案橋。ある意味ラーメン界の「鄙まれ」とまでいえるかも知れん。

 長崎へお越しの際はぜひ、この深夜ラーメンをお楽しみいただきたい。
 ただし1回転あたり限定5名様だし、頼むときは少し恥ずかしいぞ。